【富田林市】地名や遺跡に残された渡来人の痕跡。1,400年前へつながる歴史講座「富田林と渡来人」6月21日開催

観光交流施設きらめきファクトリーで2026年6月21日、歴史講座「富田林と渡来人」が開催されます。富田林市内に残る渡来人に由来する地名や遺跡、新堂廃寺で見つかった軒丸瓦などを題材に、地域と渡来人との関わりについて学ぶ講座です。

※提供:観光交流施設きらめきファクトリー様
講座のテーマにもなっている「渡来人」。歴史の教科書に出てくる言葉で、現代でいうと海外からの移住者と考えればイメージしやすいでしょうか。国境のない時代ですから、語弊はありますが、遠くからやってきたことには違いありません。この富田林の地域には、その渡来人がいた痕跡が残っていると言われています。

そこで今回、講座で取り上げられる新堂廃寺跡や、その周辺のオガンジ池瓦窯跡、お亀石古墳を実際に歩いてみました。最初に目にしたのは新堂廃寺跡の案内板です。

説明を読むと、かつてこの場所には南河内有数の寺院があったことがわかります。7世紀前半に創建されたとされ、富田林市史には「創建着手の時期は(中略)六三〇年代と考える」とも記されています。

そのあと周囲を見渡してみると、広がっているのは静かな草地。今の風景と案内板の内容がなかなか結びつきません。この草地に寺が建っていたそうです。渡来人との関わりが指摘されていますが、どんな人たちが集まっていたのでしょうか。寺を支えた豪族はどのような人たちだったのでしょうか。次々と問いが生まれますが、次の場所へ向かいます。

オガンジ池瓦窯跡では、新堂廃寺で使われる瓦を焼いていたことが紹介されています。

今は池の堤の下に保存されているそうで、その姿は見ることができません。ここで瓦が焼かれていたことを思うと、寺の建立にはどれほど多くの人が携わっていたのでしょうか。案内板を読みながら景色を眺めると、今と当時が重なって見えてきそうです。

さらに歩いてお亀石古墳へ。

丘陵をのぼった先に案内板が見えてきました。

そのそばに緑が生い茂った古墳がありました。

上からは天井石も見ることができます。富田林市のサイトによると、この石の形が亀に似ていることから「お亀石古墳」と呼ばれるようになったそうです。

案内板には、古墳の構造が横口式石槨と呼ばれるものだと書かれています。また、新堂廃寺跡やオガンジ池瓦窯跡で見つかった瓦と共通する特徴があることや、百済系渡来氏族との関係という観点からも注目されていることが紹介されていました。
新堂廃寺跡、瓦窯跡、古墳。歩いているうちに、それぞれが少しずつつながって見えてきます。当時ここで暮らしていた人たちもこんな景色を見ていたのでしょうか。

現地を訪れると知りたくなる歴史のおもしろさ。今回の講座をきっかけに新たな視点が見つかるかもしれません。地域の歴史を学んで、地域を歩く楽しみが増える。そんな機会にするのもよさそうです。

※提供:観光交流施設きらめきファクトリー様
講座を受けたい方はきらめきファクトリーのLINEから申込ができます。申込締切は2026年6月17日です。定員15名のところ、申込多数の場合は抽選になるとのこと。参加費は資料代として100円が必要です。

お亀石古墳からの帰り道に、大きめの亀と出くわしました。あの天井石、たしかに亀の甲羅にそっくりです。
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